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2019/01/22

andfamily repo vol.3

[and family repo vol.3]

 

取材協力者:金森三枝氏

 

東洋英和女学院大学人文学部人間科学科卒業。

東洋英和女学院大学大学院修士課程人間科学研究科修了 (人間科学修士)。

東洋英和女学院大学人間科学部人間福祉学科助手、専任講師を経て、現在東洋英和女学院大学人間科学部保育子ども学科准教授。「家庭支援論」「保育相談支援」「病児・病棟保育論」「保育実習」などの科目を担当。

神奈川県子ども・子育て会議委員。

 

 

今回は児童福祉に長年関わり、自身が様々な病院で行ってきた「遊びのボランティア」の活動を通して病気の子どもたちとその親、きょうだいの支援を続ける金森氏にお話を伺う機会を頂いた。

これまで&family..として養親さん、養子さんご本人のインタビューを通して特別養子縁組の背景を垣間見てきたが、今回はまた違った角度から特別養子縁組の意義を見出せていけたらと思っている。

 

[医療と保育]

 

医療の現場に保育は必要なのか。

就学している子どもの為の院内学級や、病棟内に設置されているプレイルームなどは、なんとなく耳馴染みがあるのではないだろうか。

 

病院=医療。

この図式に疑問を持つ方は、いないだろう。

では、病院=保育。となると、どうだろうか。

病院はあくまで医療の専門の場所で、そこでは治療が最優先であり、狭い個室、もしくは大部屋で決められた時間に食事、検査、薬を飲み、退屈に過ごす場所。さらに重い病気の場合は外に出ることも制限され、苦痛の伴う処置に、面会の自由までも奪われる。

この状況を仕方ないと受け入れるしかないのだろうか。

 

病気の子どもや家族への支援にあたってきた金森氏の回答はこうだ。

 

入院児のQOL(Quality Of Life=生活の質)を向上させることも、子どもの権利保護の観点からとても重要なことだということ。

治療や入院している子どもたちも、最善の利益を得る権利を有する。

そしてその為に、病棟や医療の場で働く保育士など専門の職業があり「遊びのボランティア」も必要とされているということなのだ。

 

「遊びのボランティア」では実に多角的な支援が行われている。

 

一つ目に、前述した通り、病児のQOLを向上させる為の支援。

様々なことを見聞きし、体験し、日々成長していく年齢の子どもが、治療のためとはいえ、極端に制限を強いられた環境で過ごすことが望ましいとは誰も考えないだろう。

もちろん生死に関わる瞬間を除いての話だが、できる限り日常に近い形で、遊び、笑っていられる環境が子どもには必要なのだ。

その日常が、著しく損なわれるとパニックを起こす子どももいる。

同時に、どうしても閉鎖的になってしまう院内での生活で積極的に社会との繋がりを持てるようにしていくことも大事な支援の一つである。

例えば、通っている幼稚園、保育園、小中学校との関わり、地域の行事などがある。

 

二つ目に、親への支援。

愛する我が子の看病とはいえ、長期間続く場合、親への負担も相当なものだ。

「付き添い看護」となればなおさら、自分の時間というものは皆無に等しくなっていく。

私自身、子どもが5日間の入院をした時に実際に「付き添い看護」を体験した。

私は1泊だったのだが、狭い個室で病気の我が子と二人、感染の恐れがあるからと廊下に出ることもできず、それはそれは息の詰まるような思いだった。子どもも同様に病室での限られた遊びに不満をあらわにし、機嫌が悪くなる。夜は狭いベット(転落防止柵があるため余計に窮屈)に二人で横になる。全く自分の時間はなく、3泊してくれた妻を凄い!よく乗り切ってくれた!と拍手を送りたくなるほどだった。

たかだか4泊5日の「付き添い看護」で十分というほど大変さを身に染みて感じた。

だが、深夜の病院で大部屋に入院する同じくらいの年齢の子どもたちが泣いている声を聞いてしまっては、付き添わずにはいられなくなるだろう。

とはいえ、家庭の事情は様々で、付き添える家庭もあれば、共働きの場合、仕事の都合で付き添えない家庭もある。

子どもの病気、特に大きな病気ともなれば家庭のあり方を揺るがす大きな出来事になってしまうことも少なくはないだろう。

親といえども一人の人間である。そんな「親」に対して、ボランティアが子どもと遊んでいる間のたとえ短い時間でも、子どもから離れ、自分の時間が持てるようにすることは、何よりの支援ではないか。

そして、余命宣告を受けた親からの相談や、子どもが天国へと旅立った後のケアまで、その支援は続いていく。

金森氏は、子どもが元気なときから関わっている人間が一貫して支援を行うことも重要ではないかと話してくれた。

 

最後は、病児の兄弟姉妹への支援。

重い病や障がいを持つ兄弟姉妹は多くの場合、家庭の中心に病児がいることによって、我慢しなければいけない場面が多くなったり、寂しい思いも口に出せなかったり、自分が注目されない事で自己肯定感が低くなることがあるという。

こういった病児の兄弟姉妹に対して目を向けて支援をしていくことも欠かせないという。

 

 個々の家庭がそれぞれの生活に主体性をもち、入院児、親、きょうだいの関係が相互に尊重されるよう配慮しながら支援をしていくことが重要なのだが、病院における病気の子どもや家族に対する医療以外の側面からの支援の不足、保育士の配置やその人数の少なさ、病院内外の他専門職や他機関、他団体との連携の難しさなどから実践できないという現実的な問題をまだまだ抱えていると、金森氏は話す。

 

[遊びのボランティア]

 

金森氏がこれまで23年間の活動のなかで関わった子どもは延べ5000人を超えるという。

その中には、癌のお子さんや身体中の筋力が萎縮してしまう筋萎縮症、心臓病、脳の病気、目が見えない、耳が聞こえない、話すことができないなど重度の重複障害をもったお子さんなど病状や抱える問題は様々だが、一様に重い病のお子さんばかりだ。

幼稚園に通っている頃に出会い、がんの再発を10回以上繰り返して高校を卒業して天国に旅立ったお子さんもいたという。

 

別れも少なくない活動の中、喜ばしい御縁もあるという。

小学校5年生で出会ったユーイング肉腫という病気と闘っていた男の子は闘病の末に完治し、現在若年性がん患者の為の当事者団体を立ち上げ、活動している。

金森氏の大学の講義にてゲストとして登壇し、未来の保育者を前に自分の経験談を話してくれたという。

こういった出来事が、金森氏にとってどれだけ励みになり、勇気を与えてくれたことだろうか。

私には想像もつかない程であることは間違い無いと思う。

 

病棟で、子どもたちと話す会話は決して特別なものではない。

普段の何気ない会話から、好きな人ができたなどの相談まで、子どもたちにとって、親でも医療関係者でもない大人との他愛もないおしゃべりが日常を取り戻す数少ない機会なのかもしれない。

 

2ヶ月ぶりに笑顔を見せた6歳の男の子、いつもは嫌がるお薬を遊びに行きたいからと頑張って飲んだ2歳の女の子、プレイルームに咲いた12人の子どもたちの笑い声、お医者さんごっこを通じて自分の治療と向き合っていく7歳の男の子。

入院している子どもにとっての遊びは、子どもの発育、発達を促すだけでなく、子どもらしい時間を取り戻し、気分転換、ストレス発散、治療への理解、子どもの状態の把握、仲間同士の支え合い、主体性の発揮など様々な意味をもち、病気の子どもの健康な部分や子どもが本来持っている力を引き出すことが可能だと金森氏は語る。

 

辛い別れも少なくないこの活動を、どうしてここまで続けられたのかと、率直に聞いた。

金森氏は迷いのない答えをくれた。

 

「子どもが大切なことを教えてくれる。」

「そして待ってくれている子どもたちがいるから。」

 

自分の身体がどれだけ辛くとも人を思いやる気持ちを持つ子どもたち。

彼ら彼女らは、それがどんなに短い時間だったとしてもその子にしか生きられない人生を生き抜き、その人生を全うして一生懸命に生きていた、と。

 

東洋英和女学院大学人間科学部保育子ども学科准教授として、取材をさせて頂いたが、話を掘り下げるにつれて見えてきたのは金森氏の子どもへの愛情と尊敬ともいえる想いだった

 

すべての子どもには最善の環境で「生きる権利」があり、その命の時間にかかわらず、自分の意思で生きられるということが最優先されるべきなのではないだろうか。

 

一方で、自分の人生を「生きる権利」を奪われてしまう子どもたちもいる。

親のエゴで。あるいは社会の仕組みの狭間で。

 

 

国は平成28年に児童福祉法を改正し、「社会的養育ビジョン」の中で明確に「家庭養育優先原則を徹底し、子どもの最善の利益を実現していく」と述べている。

「家庭養育優先」ということは、実親が育てられない場合、次に家庭的養育といわれる、特別養子縁組や、里親を優先し、施設養育は最終手段であると位置付けるものだ。

 

施設養育を否定するわけではなく、子どもの最善の利益を考え、家庭的養育が必要な子どもたちには「愛情あふれる家庭」が与えられる事を願わずにはいられない。

 

 

最近、熊本慈恵病院の「こうのとりのゆりかご」に興味を持ち調べていく中で、「家庭」そして「社会」の歪みが「こうのとりのゆりかご」設立からの10年間で預けられた130人の子どもたちの背景に見え隠れしていると感じていた。

 

金森氏の取材を終え、記事の構成を考えているうちに「家庭」の理想のカタチについて思考を広げるようになった。

当然答えは見つからないのだが、一つに、お互いを尊重しあい、助け合える、何より普段と違うことに気づくことのできる距離感が必要なのではないかと思う。

 

 

&family..

千田真司

 

 

参考書籍:子どもが病気になる前に知っておきたいこと-病児・病後児保育の考え方-

                                高野 陽・金森三枝著

 

 

 

2019/01/10

ゆりかごにそっと

熊本慈恵病院「こうのとりのゆりかご」に託された母と子の命

ゆりかごにそっと

 

蓮田太二著         方丈社

 

 

レビューブログとしては、連続の「こうのとりのゆりかご」関連になってしまいましたが、今回は創設にご尽力された、蓮田太二さん自らの言葉で綴られた一冊を読ませて頂きました。

 

「こうのとりのゆりかご」の利用者の背景に見えてくる問題(母子ともに危険な孤立出産、虐待死、親権と施設養育の関係、愛着障害、家庭のあり方、命か出自か、など)は、子どもの最善の利益について、社会全体で真剣に考えてくれという、子どもからの声なき声のように感じます。

 

蓮田太二氏の病に侵されながらも,この問題に,まさに命をかけて取り組んでおられる姿が本書に刻まれています。

 

なによりも命を救う事。

 

 

<母子ともに危険な孤立出産>

孤立出産とは、妊婦が一人で出産に臨むことを指すが、それはとても危険な行為だ。

未熟児だったら?

呼吸をしなかったら?

逆子だったら?

へその緒が巻き付いていたら?

母親が大出血を起こしたら?

清潔ではない場所で、墜落死の可能性もある中、さまざまな危険と隣り合わせだということは容易に想像がつくだろう。

なぜそのような状況が生まれてしまうのか。

 

パートナーから出産を反対されている。パートナーが音信不通になってしまった。親。家族から反対されている。妊娠していることさえ話せない。天涯孤独で頼れる人がいない。病院はおろか行政や民間団体にも,家族や職場、学校に知られるのではないかと不安で相談できない。など、当たり前の協力が受けられない人たちが一定数いるという現実がある。

個々が繋がりあえず、孤独が広がるこの現代で子育てをできない妊婦、事情を抱えた妊婦に対して,社会は「非難」以外に何ができるのかを考えるべきではないだろうか。

 

「おめでとう」と祝福される妊婦がいる一方で、妊娠に苦しむ妊婦がいる。

どちらにも尊い命がそのおなかには宿っている。

どの命も等しく、安心できる環境で取り上げてもらいたいと思う。

 

 

<0歳0ヶ月の虐待死>

2016年の1年間の虐待による子どもの死亡は親子心中を除いて49人。

そのうち、0歳が32人。

その中でも0歳0ヶ月が16人と最も多い。

死の原因を作ったのは9割が実母だという。

2018年、5歳で虐待の末、天国に旅立った結愛ちゃんはやせ細った12キロの身体で

「もうおねがい ゆるして」とノートに記した。

誰かひとりでも彼女を抱きしめてあげられる大人はいなかったのかと、心の底から悔しく思う。

 

育てられないのなら、虐待してしまう心の闇を抱えているのなら、特別養子縁組で愛情あふれる家庭へと託すことは、親としてできる最後の愛情ではないだろうか。

 

日本には現在、養子を迎えたい家族が、民間団体に7500組登録されていると、本書に記されている。

潜在的な数も含めたら相当な数になるだろう。

しかし、特別養子縁組の成立数は年間500〜600組。

血縁へのこだわり、母性神話、特別養子縁組への理解が進んでいないことが、原因ではないだろうか。

日本の社会養護下の中で、家庭養育の割合は1割程度なのに対し、児童福祉先進国の国を見てみると、オーストラリアでは9割を超え、アメリカで8割弱、隣国の韓国でも4割を超えている。

 

 

<親権と施設養育と愛着形成>

専門家によると、親(養育者)との愛着形成におけるもっとも大切な時期というのは生後3ヶ月までだということをご存知だろうか。

「子供が3歳になるまでは母親は子育てに専念すべきであり、そうしないと成長に悪影響を及ぼす」といった、三歳児神話というものがあるが、前述の専門家によると、男性、女性にかかわらず、また生みの親でなくても、特定の大人との間に愛着関係を持つことが重要だとしている。

このことから、養親でも、施設の職員とでも良好な愛着関係を築くことは可能だということになる。

しかし、ここで問題になるのは、育てることはできないが、親権を放棄はしない親の存在である。

もちろん、やむを得ない事情から施設に預けることもあるだろう。

だが実際には、親がいながら18歳まで施設で暮らし、そこから社会に出て行く子供たちもいる。

 

「こうのとりのゆりかご」に預けられた子どもの中にも、親の同意が得られず、特別養子縁組、里親委託ができない子どもがいる。

愛着形成に大きな影響を与える生後3ヶ月は、あっという間に過ぎてしまう。

親の同意が得られない赤ちゃんは乳児院に預けられるが、そこで施設の職員と愛着を形成していく。

しかし、2歳になると養護施設に移ることになる為、親ともいえる存在になった職員との別れが待っている。

子どもにしてみたら、生みの親との別れ、新たに親として認識した職員との別れ、わずか2歳にして二度、親と別れることになってしまうのだ。

その後、里親と出会えたとしても、彼ら彼女らは、三度目の別れがやってくるのではないかという恐怖で、里親に対して、「試し行動」を行うのだという。

この人たちは、自分を捨てないか、全て受け入れてくれるのか、と。

無理もない。

その傷ついた心を癒すことができるのもまた、無償の愛を与えてくれる、親という存在しかないのだろう。

愛着障害を引き起こした子どもは、その後の生活に支障をきたすケースがある。

さらに、その子が親になり、愛着形成が築けぬまま育った為に子どもとの愛着形成に失敗し、最悪の場合虐待してしまうケースもある。

悪循環である。

その悪循環を断ち切る為には、安定した愛情のある家庭で育つことが必要になる。

以前andfamily repo vol.2①紹介した、熊本慈恵病院の看護師長さんの「負の連鎖を断ち切りましたね」という言葉が蘇る。

 

 

<追い詰められる母と子>

熊本慈恵病院は「こうのとりのゆりかご」の運営と同時に相談窓口を設置している。

___________________________________________

以下、「ゆりかごにそっと」p22〜p25抜粋

 

ある時、関西から相談の電話がかかってきた。

妊娠八ヶ月。

職場の不倫での妊娠だが、男性との関係は壊れた。

妊娠も出産も、職場にも家族にも絶対に知られたくない。
さもないと、この先、生きていけない。
悩んでいるうちに、おなかがどんどん大きくなってきた。もう産むしかないのだが、産んでも育てられない。
と、相談員に早口で訴えた。

〜中略〜

毎日、悩みつつ、おなかが目立たないように締め付けてパートに出ていたことや、今月は体調不良ということでパートも休んでいることなど、ポツリポツリ話した。

〜中略〜

まずは順調だと告げて安心していただいた。
頃合いを見て、病院で診察を受けてみて、と持ちかけると、黙り込んでしまった。
それから何回も電話があって、受信を勧めたが相手は受け付けない。ひとりで出産するのは危険だから、なんとか慈恵まで来られないか、と聞くが、「お金がない」と、動こうとはしない。

〜中略〜

相談室が逼迫するのは、それから一月経ったころだった。

_______________________________________

以下、p25〜p32抜粋編集

 

陣痛に苦しみながら、彼女は相談室に電話をかけてきたという。

窓口にはベテラン助産師。

彼女を励まし、適切なアドバイスを送りながら、別の電話で彼女の住む市内の警察に連絡を取った。

彼女に救急車を呼ぶように促すが、「人に知られるくらいなら死ぬ」と、応じない。

その間にも痛みは激しくなっていく。

緊迫の時間が過ぎるなか、電話の奥でガタガタと音がした。

「ここだ、よし、このまま運ぼう」

救急隊員の声。それに混じって、彼女とは思えぬ野太い声。

「誰が知らせたあ〜」

これほどに隠したいのか。恥なのか。

___________________________________________

この後、母子ともに無事だったと本書には記されている。

母子の命が助かったことが何よりだが、危険な行為だったことは明確である。

このリアルケースには、不倫という問題があるにせよ、生まれてくる子には何の罪もない。

 

誰にも言えないとしても、行政や民間団体を信じて、相談することが、追い詰められた母と子の救いになることは間違いない。

 

妊婦自身も家族、地域、社会も、まずは子どもの命を最優先に考えられないだろうか。

その先に、愛情を持って育てたいと思っている夫婦が、この日本にもたくさんいるのだから。

特別養子縁組は、子どもにの最善の利益を守り、養親を救い、生母の新たな人生を後押しする、みんなが幸せになれるはずの制度だと、私は自信を待って伝えたい。

 

 

 

熊本慈恵病院では、危険な孤立出産をなくす為に、2018年内密出産(母親は自身の情報をしかるべき機関に預けて医療機関で匿名出産。子どもは一定の年齢になったら出自の情報を知る権利を持つ)に踏み切った。

 

そして、子どもの命を守る最後の砦として「こうのとりのゆりかご」はいつも、そっと、そこにあるのだろう。

 

 

 

&family..

千田真司

 

2019/01/10

なぜ、わが子を棄てるのか「赤ちゃんポスト」10年の真実

なぜ、わが子を棄てるのか

「赤ちゃんポスト」10年の真実
 
            著:NHK取材班
 
 
日本で唯一、罪に問われず子どもを棄てる事のできる場所がある。
熊本慈恵病院が運営する「こうのとりのゆりかご」通称「赤ちゃんポスト」は2007年5月10日に設置された。
「匿名」で預けることのできる「こうのとりのゆりかご」には、設置されてからの10年間で130人の子ども達が託された。
 
匿名であるがゆえに、安易な子棄てを助長しはしないか。子どもの知る権利が守られないのではないか。
これまでに明らかにされた、リアルケースを読むと、様々な事情により、たった一人、誰にも相談できず苦しみ、追い詰められていく親達の姿が見えてくる。
が、中には「匿名性」を盾に、到底許しがたい身勝手な利用も少なくない。
 
リアルケースの中には、不倫の末、妊娠し、相手の男性からは「いずれは家族と別れ、新しい生活を始めたい」と言われ、授かった命を大切にしていく事を心に決めたが、出産して一年後、女性が不在中に男性が女の子を連れ出し、赤ちゃんポストを利用したというケースがあった。
 
一方で慈恵病院は「匿名」だからこそ救える命があると設置前から一貫して主張している。
 
私はこの立場に賛同したい。
が、様々な問題があるのも事実なようだ。
 
子棄ての助長
「こうのとりのゆりかご」の検証会議において「本当に切羽詰まっているとは思えないものも含まれている」と言及されている。
利用した親の背景について、意外にも経済的に安定した人達が少数ではなかった。
 
母子ともに危険な、孤立出産
医療機関を一度も受診せず、自宅、車中での孤立出産も多く、直後に遠方から預けに来るケースもあるという。中には低体温状態の赤ちゃんもおり、極めて危険な行為が繰り返されている。
 
匿名による、知る権利の剥奪
開設から10年。その間預けられた130人のうち身元が判明したのは104人。
26人は、誰から産まれ、どのような経緯でポストに預けられたのか、将来知りたいと思っても誰にも分からないのだ。
andfamily repo vol.2①andfamily repo vol.2②で取材をさせてもらった、Bさんの話を思い出してしまうが、彼女も養子だと告げられた後、産みの親に会いに行った。
彼女は養子だと知った時、自分が誰なのかと思い悩んだと語ってくれた。
 
託された子の、その後のケア
慈恵病院に預けられた子どもは、その後、児童相談所を通じて、里親、養親、施設などに預けられるが、各方面から自主的に連絡がない限り、病院側は子ども達のその後を知ることはできない。専門家は社会の仕組みが追いついていないと指摘する。
 
親権問題
経済的に育てられないという理由から、ポストに預けたが、その後の話し合いで経済的に安定したら迎えに来る事を決め、乳児院に預けたケースがあった。
が、それから6年、その子どもは今も児童養護施設で暮らしている。
親が「いつか引き取る」と、意思表示さえすれば親権は守られる。
たとえ、赤ちゃんポストを利用した親でもだ。
赤ちゃんポストに預けられた、子どもを里親として育て、3年後、養子縁組を進めようとした矢先、実親が名乗り出てきたケースもある。
海外では同じような場合、一定期間が過ぎると親権を剥奪するという明確なルールがあるが、日本では迎えに来るか分からない実親が親権を持っている事で、子どもが家庭を持つチャンスを逃しているとも言えるのではないだろうか。
過去ブログでも書いたが、生育上重要な時期を家庭的な環境で過ごす権利を親権によって奪われて良いはずはない。
 
その他、まだまだ多くの課題が複雑に絡み合っている問題である事が、本書を通して浮き彫りになっている。
 
妊娠中に然るべき機関に相談ができる環境にあれば、子棄てや、危険な孤立出産に至らずに済むが、それが出来ない環境にある女性たちが確実にいるという事。
そして、その背景には無責任な男たちが隠れている。
妊娠、出産、子育ての当事者は決して一人だけではないはずなのに、当事者として悩み苦しみ、責任を問われ、非難されるのは多くの場合、女性達だ。
「不倫相手にポストへの預け入れを勧められた 」 「夫に出産を拒否された 」 「中絶を迫られた 」 「出産しても認知してくれなかった 」 「妊娠後 、行方不明になった 」 「避妊を拒否された 」
彼女たちをもう一人の当事者が協力もせず、追い詰めてしまうのなら、彼女たちを非難するのではなく、社会が手を差し伸べられないものかと思ってしまう。
そうすることが、何よりも子どもの幸せを担保することに繋がるのではないか。
 
子どもは生まれる場所を選べない。
親から子へ繰り返されることが多いと言われる虐待と貧困。
育てられないなら、託すという選択肢が許されるのなら、全ての子どもに平等に温かな家庭を与える事は、不可能ではないと思いたい。
 
 
 
赤ちゃんポストに預けられ、里親家庭で育った男の子は、名前も年齢も出身地も分からない。預けられた当時、物心がついていた彼は、狭い空間に入れられ、扉が静かに閉まっていく様子を記憶しているという。
「なぜ、僕をポストにいれたんだろう」とずっと寂しかったと話している。
だが今、こうも語る
 
「僕をポストに入れてくれなければ 、お父さんとお母さんに会えなかったと思うし 、この家で生活することもできなかった 。道端に置き去りにするんじゃなくて 、ポストに入れてくれてよかった 」
 
 
 &family..
千田真司

2019/01/10

朝がきた

朝が来た

著  辻村深月
特別養子縁組の実親(ひかり)と養親(佐都子)を軸に展開される物語。
物語のリアリティは確かな取材力に裏付けされたものとなっていて、当事者が読んでも違和感のない小説でした。
正直かなり引き込まれて一気に読んでしまいました。
冒頭は佐都子の何気ない日常から始まり、夫、息子との家族の繋がりが描かれていて、特別養子縁組家庭の話とは、分からないストーリー展開。
ここで思うのは、息子の通う幼稚園の先生や友達、親御さん達に特別養子縁組という事が受け入れられているという事。
普段、特別養子縁組に縁遠い方々も、こちらから「特別養子縁組なんです。」と気後れせず、話してみると、すんなりと受け入れてくれるんですよね。
これは私の実体験からも思った事だったので、この物語の中で、周りの人達に受け入れられてる姿はリアルに感じました。
物語ではそのあと、ひかりが佐都子の日常の中に突然現れますが、そこで佐都子の過去に話は変わります。
夫との結婚の後、落ち着いたら子供を。と思いながら、時間は流れ、不妊治療へと進んでいきます。
やはり、この項もかなりリアルに心情などを描いていて、治療を始める時の楽観的な部分と不安との交錯する気持ち、辞めると決めた時の消失感。
徐々に選択肢がなくなっていく恐怖とでもいうんでしょうか。
その中で、特別養子縁組を知り、前へと進んでいく夫婦の想いは、当事者もかなり共感できるのではないでしょうか。
その後、息子との出会いが描かれて行きますが、この項の最後の佐都子の言葉に胸を打たれました。
そして、ひかりの物語へと話は続きます。
中学生にして妊娠してしまったひかり。
その現実がひかりを追い込みます。
家族の説得により養子縁組を選ぶのですが、どんな想いでその日を迎えるのか、個人的にはとても興味があり、改めて実親さんのお話が聞きたい。と、私自身思いました。
その後のひかりの生活は坂を転がるように、悪い方へ悪い方へと向かって行きます。
最後の最後で、ひかりは佐都子と会う決意をするわけですが、その結末はどうなったのか。
2人の母親は物語が終わった後、どうなっていくのかはわからないまま話は終わりますが、少しでもひかりが救われてくれたらと思います。
不妊治療、特別養子縁組とかなりリアルに描かれていますので、興味のある方は疑似体験のつもりで、是非読んでみては如何でしょうか?
特別養子縁組をした家族が普通の家族と何も変わらないという事も読み取って頂けたら幸いです。
ひかりという存在を通して、やはり、彼女を支えてあげられる人間が居なかったのか、残念に思います。女性ばかりが責められてしまう、相手(彼)の責任は、家族の支えは。ひかりだけが全てを背負わなければならないのかと疑問に感じます。
子供を授かった親達は大きな幸せを受け取ります。
産んでくれてありがとう。育てられなくても、託してくれてありがとう。と、我が子を愛せば愛すほど、この感謝は大きくなります。
ひかりのその後の人生が、少しでも報われる事を願わずにはいられません。
&family..
千田真司

2019/01/10

「赤ちゃん縁組」で虐待死をなくす

 

「赤ちゃん縁組」で虐待死をなくす
                                                 
                               著     矢満田篤二・萬屋郁子
 
 
 
特別養子縁組について色々と調べていると、おそらく誰もが目にするであろう2つのワードがあります。
菊田昇医師と愛知方式
この著書は愛知県の児童相談所において、赤ちゃん縁組を推し進め、愛知方式とよばれる礎を築いた、矢満田篤二さんが書かれた著書になります。
虐待は繰り返される。
もちろん全てがそうではありませんが、愛着障害は二次被害を生みやすいそうです。
産まれてから3歳までに特定の大人に愛され育つ事が、愛着形成が成される為に重要とされています。
最新の研究では特に産まれてから3ヶ月が非常に重要だと考えられているそうです。
児童相談所の古い体質で、とにかく、まずは乳児院への措置と言った考え方が今でも残っている事があるそうです。
(※もちろん愛情を持って子供に向き合っている職員の方が大半だと思いますが。)
一番重要とされている、3ヶ月を施設で過ごす。
職員の方も熱心な方が多いでしょう。
しかし、赤ちゃんが泣いたからといって、全ての赤ちゃんを特定の職員が抱いてあげる事は物理的に無理があります。
こんな話があります。
胎内にいた赤ちゃんは、居心地の良い母のお腹でずっと守られて育ちます。
外界に出て、守られていた胎内から放り出され、常に不安や不快感を感じています。
その不安や不快感から泣いてSOSを発信します。
手段が泣くことしかないわけですから。
その度に抱いてくれる者=親な訳です。
自分の不安や不快感を取り除いてくれる人。
私達は、その頃の記憶なんてありませんが、きっと皆、生きて行くために必死だったんですよね。
こうして繰り返し守られる事で、愛着が形成されていきます。
やはり、施設では理想的な愛着形成は難しいと思います。
日本は先進国の中で児童福祉の考え方、制度が遅れている国だと言われます。
海外の方からは、この施設養育に偏った日本の現状を
<社会的ネグレクト>だとも言われているそうです。
社会的に育児放棄をしていると。
非常にショックな言葉です。
私自身、中学生の時は学校の側に、養護施設があり、そこで暮らすクラスメイトもいました。
そういった施設がある事や、里親、養子縁組などの言葉は知っていても、さほど深く知ろうとは思ってきませんでした。
しかし、我が子との出会いが、児童福祉を考えるきっかけとなりました。
虐待をしてしまう親だけが悪いのか。その親が愛着障害だったとするなら、幼少期に家庭というものを知らずに、その機会を親が、社会が奪ってしまっていなかったか。
予期しない妊娠で悩んでいる女性が生後0日の子を殺めてしまったとして、その赤ちゃんを助ける術はなかったのか。その女性を救う術は日本の社会にはなかったのか。(※そもそも、父親は何をしていたのか)
産んだ母親が責任を持って育てるべきだと言う論理は、誰の為のものか。産んだ母親にその自信がない、その能力がないのなら、愛情あふれる里親、養親の家庭という選択肢もあるのではないか。赤ちゃんは、どちらが良いかを選択できないのだから、大人が真剣に考え、子供の権利を、子供の幸福の為に、代弁しなければいけないのではないか。
様々な問題は複雑に絡み合い、すぐには解決しないと思いますが、少しずつでも子供の為に良い方向へと変わっていく事を願うばかりです。
その為に、私達andfamilyが出来ることを考えたいと思っています。
最後に一言だけ。
子供を愛し育てる上で、血の繋がりは関係ない。
これだけは断言します。
&family..
千田真司

 

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